ファンダメンタルズと経済~ロシア危機その1~

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ファンダメンタルズと経済~ロシア危機その1~

「ポンド危機」・「アジア通貨危機」と大成功を収めたヘッジファンド。
確実に成功するとまで言われていた”ヘッジファンド神話”が広まり始めた1998年。
ノーベル賞受賞者の2人の経済学者が中心となって運営していた「LTCM」という巨大ヘッジファンドの大失敗により
その神話はもろくも崩れ去ってしまうどころか、”世界恐慌”をも起こりえるような状態にまでなってしまいました。
その引き金になったのが「ロシア危機」です。


1992年1月1日現在のロシアが誕生しました。
それまでは、ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)という”社会主義の国”でした。
社会主義の国とは、みんなが平等に豊になるという考えに基づいている国のことです。
全ての企業や土地などは国の所有物になり、経済を管理しています。
生産物の量を国が決め、国民がその量を作り、”同じ額の給料”を国が支払い、国が決めた価格で国民に売っていました。
これを「計画経済」といいます。
一見するとみんなが平等に給料をもらっているので失業者も出たりしないので、平等に豊になることが可能のように見えますが、
同じ額の給料”ということは、いい加減に働いて月に1つしか作らなかった人頑張って100個作った人の給料が同じということです。
頑張ってもいい加減に働いても給料が変わらないのであれば、頑張って働くことが馬鹿らしくなり、生産力や技術力はどんどん低下していきます。
国の経済力が低下していけば国から給料をもらっている国民もみな平等に貧しくなっていきます。
生活苦を強いられる国民は国の体制に不満を募らせついに、1991年末にソ連が崩壊し1992年にロシアが誕生しました。
ロシアはそれまでの”計画経済”を止め”市場経済”(日本やアメリカのような経済)に移りました。

ソ連の時代、”1商品に対して1企業”という場合が多く、競争相手がいない言わば独占状態でした。
販売価格を国が決めていた時は独占状態でも良かったのですが、ロシアになり企業側が販売価格を決めるようになってからは、儲けを増やす為に商品の価格を値上げしていきました。
価格競争を起こす相手が居ないのですから当然の結果です。また、この物価上昇に拍車をかけたのが”国が大量にお札をすり続けた”ことです。
ソ連時代の計画経済のとき、納税の習慣が国民にはありませんでした。
ロシアに変わり納税を義務付けましたが税金に対する意識が低く実際に納税した人はとても少なかったのです。
このため、ロシア政府は不足分を新たにお金を刷ることで補わざる得なくなり大量に通貨が出回ってしまうことになります。
その結果、ハイパーインフレを引き起こし1年間で物価が26倍も上昇してしまいました。

その後、年間100%以上の物価上昇が続き、1995年末の時点で1992年と比べ1800倍も上昇してしまいました。
つまり、インフレ前は1万円だったものが1995年には1億8千万円必要になるということです。
このような状態では日常生活に支障を来たすのでロシア政府は1998年に「デノミ」を行いました。
デノミとは通貨を切り下げる事で、新しいルーブル紙幣を発行し旧1000ルーブル新1ルーブルと交換しました。

1992年、ロシア発足当初よりIMFは毎年ロシア政府にお金を貸していましたが、足りなくなったらお金を刷るという行為を繰り返していたロシア政府に対し、1995年にIMFはロシア経済への管理を強めることにしました。
まず、ロシアに対し、お金が足りなくなった場合お札の代わりに”国債”を発行することによりお金を補うことを指示しました。
さらに、ルーブルを固定相場制に変更しました。
この結果、ルーブル安が抑えられ、インフレも抑えられる方向に進みました。

また、1996年頃になると海外からロシアに入ってくる輸入品も増え、独占状態だった国内の企業も好き勝手に価格を上げることが出来なくなりました。
こうして、年間100%以上の物価上昇率を見せていたロシア経済も10%前後にまで落ち着いていきました。

国の信用が低いロシアの国債は、30%以上の金利がついていました。さらにドルとの固定相場(ドルペッグ制)を行っていた為、為替リスクが無い状態だった為、ロシアの国債を欲しがるヘッジファンドや海外投資家が増加していきました。
端がるひとが増えたためロシア政府は金利を20%まで下げました。しかし、1997年「アジア通貨危機」により新興市場国(ロシアも含まれる)が危ないという空気が世界中に広がりロシアへの投資も控えられてしまいました。
このため、ロシア政府は国債の金利を上げざる得ない状況になってしまいました。金利が上がるということはロシア政府の負担が増えるということです。

1998年の段階でもロシア政府はまだ税金を集める事が出来ていませんでした。しかし、輸出の多くを占める石油の税収は他と比べてある程度集めることが出来ていました。
つまり、ロシア政府にとって”石油の輸出による税収”は極めて重要な収入源でした。
国債の金利上昇に加え、石油価格の下落によりロシアの国債への不安が広がり欲しがる人が減り更に金利を上げざる得なくなります。
こうして悪循環を繰り返し金利がに80%以上にまで上昇してしまいました。

常識的に考えて80%以上の金利を払えるわけもなくロシアがデフォルトすることはほぼ確実だったにもかかわらず、ロシアはデフォルトしないと思っていた人は少なくありませんでした。
そこには、IMFが大きく関わります。
1995年・1997年のメキシコとアジアのデフォルトを救った事により、今回もIMFがロシアを救うだろうと考えられていました。
しかも、ロシアは核保有国の為、デフォルトにより経済が混乱しそれら核兵器がテロリストなどに売られてしまう危険があるため、必ず救うと信じられていました。
実際に、1998年7月にIMFはデフォルトの危機に陥っているロシアに対しお金を貸し出しました。しかし、十分な資金ではなかった為、翌8月には金利が100%を超えるまでになってしまいました。
そこで、ロシア政府はまたIMFに対し貸し出しを要求しましたが、IMFはコレに応える事が出来ませんでした。

IMFの貸し出しているお金というのはもともとは私達の税金です。
この時のロシアへの投資(ロシアの国債を買う)は、100%以上の金利が貰えてなおかつ(IMFが助ける為)確実に元本も戻ってくるという、ローリスク・ハイリターンというおかしな状態でした。
自分達の税金がロシアの国債を買った人を儲けさせる為に使われている状況はおかしいとIMFに対し批判の声が出てきました。
この為、IMFはロシアに対しお金を貸し辛くなり、ついに1998年8月17日にロシア政府は「お金を返すことをやめる」と一方的に宣言しました。(事実上のデフォルトです。)
こうして、価値の無くなったロシアの国債は大暴落を起こし、大量の国債を抱え込んでいたヘッジファンドは大損してしまいました。

起こるはずの無いロシアのデフォルトが起こってしまった結果、「LTCM」という巨大ヘッジファンドが破綻し世界経済は世界恐慌になりかけました。

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